さようなら、りりぃ。

2011年09月26日

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2011年9月21日撮影

おおつかりりぃ、
25日(日曜日)の21時、この世を去りました。
応援していただきましたすべての方に感謝申し上げます。

今週、外科手術を予定していました。すべては取りきらなくとも延命のために・・
しかし、病気は速度を増して襲い掛かりました。

りりぃは、みんながお休みの日にサヨナラも言わずに逝ってしまいました。
どんな状態だったのか、きになる方もいらっしゃると思いますのでこちらに続きを記載します。

土曜日(24日)の勤務を終えて、6時半に帰宅、ご飯を食べました。
普段通りだったのです。
今考えれば、きつくっても頑張ってその姿を見せることなく気を張っていたのかと思います。
明るいうちに仕事を終えて、海に連れて行こうと思っていたのに後悔ばかりです。

午後8時半 食事後の散歩・・うまく立ち上がれない。立てない事に彼女も困惑している様子でした。
癌によるお腹の中のダメージがあり、3本しかない足では身体を自由に動かせなくなりました。
でも、なんとかおしっこをするために立ち上がりました。
用が済むと近くにへたり込み、立てない。
その夜は、いつもの寝床までたどり着けずに蚊〇線香に囲まれて寝る。
りりぃの鳴き声が聞こえるように近くの部屋で私も休む。

25日6時 何回も何回もからだをずらして必死に立ち上がった形跡があり、夏場好きだった寝床、
私たちの足音がする床の下にもぐりこむ。
何も食べようとしない、やっと少しのチーズ、鶏のささみを食べた。
病院に連絡し、痛み止め薬をもらいに行く予定にした。

9時 鳴き声がしたので様子を見に行くと昨晩の食事とともに嘔吐。
胃は空っぽになり、衰弱する姿は死期が迫っていることを感じさせました。
痛み止め薬をもらいに行くが嘔吐があるために急きょ往診してもらうことになった。

11時過ぎ 獣医さんに点滴と痛み止めを打っていただき落ち着いた様子もあったが
嘔吐は止まらなかった。
獣医さんが来た、あの時に一生懸命に吠えていたのは何を言いたかったのか・・
『もういいっ』って吠えていたのか・・いまだに考える。
痛み止めや嘔吐止めを打ってもらえなかったらもっと苦しんでいたと思う。

19時半 雨が降ってきた・・でも芝生の上から動こうとしない。
もう尻尾を振る元気もない。
ただ、首のあたりや体をさすることしかできなかった。
ゆっくり体勢を変えると足がピーンと伸びて震えてきた。
寒くないように夏布団をかぶせてあげた。

もうあの愛くるしい姿を見せることなくゆっくり静かになりました。
ちょうど、24時間でした。
こんなにも早く亡くなるとは・・想像も覚悟もしていませんでした。
今週末、イベント県外出張で4日間も私が不在することがわかっていたのかもしれない。

今度は人間に生まれておいでね。
いっぱい、ありがとう。

2011年 9月 25日

※26日 先程、ひでじスタッフとともにお別れをしました。
皆々様、有難うございました。
posted by hideji beer  at 13:20 | 宮崎 ☔ | Comment(2) | TrackBack(0) | 迷い犬おおつかりりぃ
この記事へのコメント
おおつかりりぃちゃんへ

虹の橋を渡っちゃったんですね
りりぃちゃん 杏雛と遊んでくれてありがとう
少し涼しくなってきたし もう一度 りりぃちゃんに会いに行こうねって話していたところでした
りりぃちゃん もう苦しくないよね
もう 痛くないよね
虹の橋の滑り台で思いっきり遊んでね

大塚さん りりぃちゃんは貴女と会えたことでとっても幸せだったと思います
りりぃちゃんとの闘病生活お疲れ様でした
りりぃちゃん 安らかに。。。
Posted by 杏雛(あんじゅ)ママ at 2011年09月27日 22:46
りりぃ、今頃、天国の虹の橋でのんびりしてるかな。大好きな水遊びやボール遊びで笑ってるかな。
夏に会いに帰れなかったことが、悔やまれるな…。
りりぃと一度遊んだだけなのに、うちの息子達は可愛いあなたをはっきりと覚えてるよ。
あまりにも可愛くっていい子だから、神様が呼びに来たのかな。
こんなに早くお別れなんて…。

りりぃママさん、看病お疲れ様でした…。
りりぃは、きっと、最期をそこで過したくて、不思議な力が働いて、フツーの人の、100倍くらいも優しいりりぃママさんの所にやって来たんだと思います…。
C先輩、元気出るよう祈ってます…。
Posted by みゃお太郎の母 at 2011年09月27日 23:42
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